2008/06/17

有資格と無資格


 私のまわりには、ビジネススクールやロースクールに通っている友人が数名います。大学院に通うということは、他の多くのことを犠牲にしているのですから、そのリスクテークの姿勢に感心します。そうまでして得られるものには、学位、知識、ネットワークなどがあり、失うものと天秤にかけて傾いた方に動いているといえますね。
 さて、そのようにして、弁護士やMBAになって職場をみてみると、他のメンバーの多くは輝くような資格を持っているわけではありません。そしてそうした多くの仲間たちは、高度なプロフェッショナルのアシスタントをしているかもしれません。そのような彼らを想像してみると、なかには「先生」より一段低く自分を評価している方もいるでしょう。「どうせ私は、先生のアシスタントだ」と思っているのです。彼らのモチベーションを高めるのは、容易ではありません。実はちょうどそのようなお話しを聞いたところだったのです。
 さて、みなさんどう考えられるでしょうか?
 私が観察してきたところ、これは「先生」の態度次第というところがあるような気がします。先生によっては、アシスタントのメンバーがいきいきと働いており、先生によってはやる気をなくしている。この違いは、影響力の法則で説明できるのではないかな。ちょっと考えてみましょう。うーん。
(写真は、あやしい先生たちです)

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

資格の有無というより、その資格をどとらえるかなのでしょうね。相手がどうとらえているかを踏まえて対応するだけで、カレンシーを積むことに繋がるかも。自分が「先生」をあがめていることに無自覚だと、誰でも同じという前提に立ちがちです。しかしそれでは、どんなにカレンシーを出しているつもりでも、相手には・・・・。よーく、相手と自分を見なくちゃいかんのですね。

naruhide さんのコメント...

ヤマネズミさま、コメントありがとうございます。カレンシーに価値を置くかどうか、これは主観的なもの。相手がどのような主観的な世界を描いているか理解できると、インパクトのあるカレンシーを用意できると言えますね。それから、自分がそもそもどのような見地に立っているのかを知る必要もありそうです。ただ、これが案外難しいと思いますが、いかがでしょうか?