2008/06/14

監査法人


 NHKの土曜ドラマ「監査法人」が始まりました。監査法人、会計士がどのような責任感で仕事をしているのか、興味津々です。
 第1回目の今日は、主人公(塚本高史主演)が、北陸地方の建設会社の監査に臨むお話し。主人公はさっそく監査に入り、関係書類の調査に。しかし、そのさなか上司はクライエントとゴルフに出かけています。
 上司とクライエントの間では、レシプロシティが働いています。ゴルフや料亭での接待は、「見逃してください、たのみますよ」というメッセージです。上司はこれをカレンシーと感じており、上司にとってお返しするのは当然です。ところが、部下は”厳格”に対処しようとする。部下の動きに気づいた上司は、気が気ではありません。激しい衝突の後、結局「会計士の役割」をとった部下たちは、クライエントに非承認とします。これはこの会社の倒産を意味します。また監査過程で死者も出ました。揺れる思いの中、主人公が非承認を告げるシーンは、緊迫感のあるものでした。(塚本高史くんの演技も見るものがあったと思いますが、いかが?)
 なぜ、主人公は上司に反発したのでしょうか。それは「正しさ」というカレンシーが働いたと考えられます。職業の正義。これは有力なカレンシーなのです。誰もが正しいことをしたい。主人公の場合は、会計士としてのアイデンティティとプライドが、このカレンシーの価値を高めたと言えます。大目に見ればラクなのに、あえて難しい方を選んだのは、このような背景があるのです。
 私たちの周囲に「正しさ」を喚起させる人物がいたら。その人の影響力は、決して小さくはないはずです。
(写真は、夕暮れ時の晴海周辺。今日はここで仕事していました。ドラマにも出ていましたね)

2008/06/13

ほめる、はカレンシーになる

 ある大手企業の幹部に若くしてなられた方のお話しをうかがいました。いくつもの興味深いお話しがあったのですが、そのなかで「上司を褒める」というのが印象的でした。上司を褒める、これを繰り返すのだと。すろと、上司からいい仕事がアサインされる。今度はその期待に応える。そうして信頼を勝ち取って、またいい仕事を与えられる。
 これは非常にわかりやすいカレンシーの交換ですね。こうして相手に与え続けて、結果的に大きなリターン(幹部への昇進)が得られたと考えていいでしょう。
 とはいえ、褒めるのは、心から褒めないと効果ありませんよ。

2008/06/12

信任

 昨日参議院で問責された首相が、今日は衆議院で信任されました。信任決議は、平成4年宮沢内閣以来だそうです。
 この信任決議。どう考えても首相から「私を信任してください」と頼んだりはしません。与党が気を利かせて(?)やってくれたものです。首相にはどのように感じられたでしょうか?私がこのようにして仲間に信任されたのなら、それはもうありがたい、救われたと思います。つまり大きなカレンシーです。首相がどう感じたかわかりませんが、「信任しなくともよい」などと断ることはできないはずです。内閣の安定は、与党にとっても重要のはず。断れないうちに、大きなカレンシーをつかまされてしまうのです。
 こうなると、首相はもう与党のいうことを断れませんね。お返ししなければならない。こうしてしがらみができていき、「改革」は遅れるのでしょう。みんなにいい顔していては、変化を進めるのは難しくなりますから。こうして変革への影響力は低下していくのでしょう。小泉さんが懐かしいですね。

2008/06/11

問責

 首相に対する問責決議なるものがなされ、参院で可決されました。戦後初めてとのこと。法的拘束力はないので、首相が衆議院を解散する必要はないとはいえ、首相の政権運営は難しくなるとの見方も少なくありません。
 そもそも問責とは「責任を問う」ということ。これをカレンシーの交換で見ると、野党は首相に大きなマイナスのカレンシーを手渡したことになります。これを国民が「高齢者医療保険制度やら道路財源の問題やらに対する妥当なお返し」と受け止めれば、この「問責」は支持されるでしょう。首相側がなんらかの反応を示さないと、早く借りを返せ、ということになるのではないかな。対して「野党はやり過ぎ」あるいは「首相の問責は的はずれ」と考えれば、国民は野党に次の行動を求めてくるでしょう。より画期的な医療制度改革案、税制改革案など。それに応えるのが遅れると、今度は野党がマイナスのカレンシーを突きつけられる。どちらにしても、厳しい勝負のようです。
 韓国では、アメリカ産牛肉の輸入再開をきっかけに、数十万人の国民がデモ行進しています。日本人はおとなしいですね。この「問責」にどう反応するでしょうか?

2008/06/10

目的はカレンシーになる


 夕方から来週実施されるプログラムの打ち合わせ。具体的にどのようなプログラムを実施するか、詰めていきます。研修の目的を明確にした方が、あきらかに話しは早い。あたりまえではあります。これもカレンシーのやりとりで考えれば、合点がいく。目的や目標が明確になると、方向性が見える。安心する。これがカレンシーになるといえます。ことなる意見を持っている人には、思い切って歩み寄る。それによって、核心的な問題を妥協しないですむこともありますね。
 その後、最初の上司である米澤さんと、最初の同僚である久保田君と、食事をしながら情報交換です。支払いは元上司。これで手渡された変額年金の見積もりに重みが出ます。仮に今回申し込まなかったとしても、近いうちにお願いします、といいたくなるのには参ったものです(^_^;

2008/06/09

記者、編集者の育成


 今日、とある有名専門誌の編集長の方とお目にかかりました。影響力の法則を紹介し、大いに興味を持っていただきました。これはわれわれが編集記者たちに教えていることだ、と述べていたのが印象的です。「Give & Takeでいかなければいけない」と指導されるのだそうです。
 なるほど、よい情報を得るため、よい原稿を得るために、編集者、記者の方がなすべきことは・・・・相手が動きたくなるカレンシーを渡すことなのですね。日頃からそういう努力をしている記者、編集者の方が、よい情報を得られるのは理に適っています。人間理解が必要な仕事ですね。(学生に人気の職種です。そう教えないと・・・)
 組織内外で頻繁にカレンシーが交換されていくようになるには、しっかりした教育が重要だ。つくづく思いました。
(写真は自宅の近所で見つけた紫陽花の花。きれいだなあ、と撮りました)

2008/06/08

ロレンツォのオイル

 先週、ロレンツォ・オドーネ氏の訃報を新聞で見つけました。映画「ロレンツォのオイル」のロレンツォその人です。30歳。長くがんばったんだなあ、お疲れさまでした、と心から申し上げたいと思います。
 映画を振り返ってみると、ADLを発症したロレンツォの両親は、治療法を必死で探します。その没入度は尋常ではなく、親の愛の強さ深さに感動しないわけにはいかないでしょう。苦労の末に、オレイン酸とエルカ酸の配合油が特効薬であることを発見します。
 この過程で、何人もの協力者を得ていきます。これが映画で見る限り情熱が最大のカレンシーとなるのですが。今回注目したのは、ロレンツォの父親オドーネ氏が、製薬メーカーにエルカ酸を作ってくれと頼みに行くシーンです。先方の科学者はそれはできないと断ります。エルカ酸には、副作用もあるのです。しかし同僚の女性に促され(何かカレンシーを返さなければならない相手と思われる)、オドーネ氏が用意した資料を見て他の科学者たちに知らせることを約束してくれます。「これはあなたが書いたのですか?」と絶句するところ。科学的な裏付けや、(再び)情熱、実際の行動は、有力なカレンシーとなり得ます。それには、相手に分かるものでなければ。この場合、科学者が驚くような内容だったことも重要と思います。
 オドーネ親子のご苦労に、あらためて敬意を表したいと思います。